ドイツ語学習のすすめ


 大学でドイツ語を学ぶ意義として、主に次の3点が考えられます。第1に、ドイツ語圏の人々と会話が出来、ドイツ語の書物が読めることです。日本は、明治時代から法律、社会制度、教育制度などドイツから多くのものを学んできました。第2次世界大戦では共に敗戦国になり、そしてまた同じく経済復興を遂げ、似たような道を歩んでいます。しかし、世界の評価はどうでしょうか。アジアの諸国からいまだに不信の声が聞かれる日本は、すでにヨーロッパ諸国の信頼を得て、EUの中心的な国として、世界の中でも指導的な役割を担うドイツから学ぶことは多いのではないでしょうか。国際的なコミュニケーションの手段としては、英語が圧倒的な力を発揮して、「世界共通語」になりつつある現在、コミュニケーションを図るためだけであるなら、ドイツ人と英語で会話し、ドイツについての情報を英語で得ることも可能です。ドイツ語を学ぶ時間と労力を英語に注いで、英語力に一層の磨きをかけるのも一つの方策です。

 言葉というものは、しかし、コミュニケーションのための「道具」であるに止まらず、その国あるいは民族の歴史と文化に深く関わっている、「道具」以上のものです。「世界共通語」になりつつある英語は、母国イギリスの文化を離れ、なかば「無国籍化」しています。これに対して、ドイツ語は、多くの国から成るヨーロッパの諸言語のひとつとして、ドイツの歴史と文化的背景を保持している言語です。ドイツ語学習は、ドイツの文化、さらにヨーロッパの文化を学ぶことに繋がっているのです。第2次世界大戦後の日本は、善きにつけ悪しきにつけ、アメリカ文化の影響を突出して受けてきました。しかし、その影響を無批判に受け入れないためには、それを相対的に捉(とら)える視点を養うことが必要です。ここに大学でドイツ語とドイツ文化を学ぶ第2の意義があります。ギリシャの債務危機に端を発して難しいかじ取りを迫られているとはいえ、ユーロがドルと並ぶ国際通貨に成長した今(イギリスはユーロを導入していません)、ヨーロッパから眼は離せません。EU内で最大の経済規模をもつドイツの言語であるドイツ語を学ぶ意義は一層大きいのです。

 そして第3は、大学生の頭脳で新しい外国語を学ぶことによって、「言葉のしくみ」に対する興味と理解を持ち、慣れ過ぎてしまった日本語を意識的かつ相対的に捉え直すこと、言いかえると日本語への愛を深めることです。ゲーテの言葉を引用しておきます。


外国語を知らぬものは、母国語にも無知である。

Wer fremde Sprachen nicht kennt, weiß nichts von seiner eigenen.
(ヴェーア フレムデ シュプラーヘン ニヒト ケント、ヴァイス ニヒツ フォン ザイナー アイゲネン)

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